!!決定版!!「山で米を炊く」 -「湯取法」による簡単な炊飯法  -


 無人小屋や幕営で泊まる時、食事は自分で用意しなければなりません。

 しばしば山岳雑誌などでも、山での食事については、カロリーさえあればいい、栄養バランスなど考えなくていい、不自由な環境なのだからおいしくなくても我慢しろ、といった論調の記事を見掛けますし、そう思っている人も多いのではないでしょうか。ですがこういった風潮が、山での食事を軽視することにつながっているのではないかと危惧しています。

 テント場で観察してみると、多くの、特にソロ登山者の食事は、平地では考えられない粗末なものが多いように思います。テントを立てたら、まずお湯を沸かして素ラーメンを作り、これをすする。あとは、乾きものをつまみながら一杯やって、パンでもかじって寝る。確かにカロリーは足りてるかもしれませんが、なんだかテント山行は惨めったらしいなという印象を持ってしまいそうです。

 1日に8~10時間といった長時間の行動をするのが当たり前な登山のためには、食べるということについてもっと真剣になるべきではないでしょうか。さらにこの食事軽視の風潮は、最近しばしば起こる悪天候時の低体温症の遠因にもなっているように思われます。

記憶に新しい「トウムラウシ」大量遭難の食糧事情
 平成21年7月、北海道大雪山系の トムラウシで、多くの方が低体温症で亡くなりました。その報告記事を見ると、助かったある人の遭難前日の夕食は「ラーメン」、当日の朝食は「夕べのラーメンの残り、冷たくなったもの」でした。もちろん他にも何か食べてはいたのでしょうが、余りにも惨めな食事です。それでもこの人は、当日小屋からの出発時に、簡単に食べられる「こまごましたもの」を服のポケットなどすぐに取り出せるところに詰め込んで、行動中もヒマを見ては食べ続けていたそうです。それが生還につながったと言えるのでしょうが、生きていた人がこんな食事であったなら、亡くなった人たちは一体何を食べていたのでしょうか。
 低体温症は、身体から奪われる熱と、食物によって生み出される熱のバランスが大きく崩れた時に発生します。雨に濡れ強風に吹かれて、体温を奪われたら、その奪われた分を上回るほどの熱を食物によって生み出さなければ低体温症は当然の帰結です。一回の登山自体は、確かに短期間の事ですから、栄養バランスは二の次で、カロリーさえあればいいというのは正しいとも言えます。でもそれを「山での食事なんてどうでもいい」という感覚に受け取ってしまってはいけないと思います。

 そこで、山での食事について考えてみると、日頃食べている米飯をいかにうまく炊くかが重要だと思います。現在では簡単に、湯煎で食べられるような商品も販売されていますが、パッケージが大きく、それに見合う大きさのコッヘルがないとうまく加熱できなかったり、はじめから水分も入っているため重いし、高価です。
 また昔からある「アルファ米」というお湯を注ぐだけで食べられる乾燥米も販売されています。最近増えている若い登山者たちが2食付きで泊まれる小屋でも、自炊を選択してよく食べています。そこで聞いてみると「そこそこおいしいですよ」と返事が返ってきますが、「じゃ家で昼飯に食べることある?」と聞くと返事はほぼ100%「ノー」です。私は40年近く前の学生時代に食べてみて、もう一生食べないと心に誓うくらいまずいものだったので、若者たちがおいしいというからには相当進化したんだろうと、最近アルファ米の白米を食べてみましたが、やっぱり干飯に過ぎないことを再確認してがっかりしました。
 で結局は、やはり自分で生米を炊いて飯を作るのが、美味しいし一番安上がりで、持っていく荷物も少なくてすむという結論に達しました。ですが、山で飯を炊くのは案外難しいです。そのせいか、時々目にする山岳雑誌の「山ごはん」特集でも生米を炊いてごはんを食べる時のおかず、というレシピはほとんど見かけません。

 そこで、 ここでは誰でも簡単にできる、山で「ちゃんと食べられるご飯(しかも十分にうまい!家でのお昼ごはんに食べる気がします!)」を炊きあげる方法を、公開致します。

二つの炊飯法

 まず飯の炊き方を、簡単に紹介します。米を炊くには二つの方法があります。

 一つは、 「炊干法」と呼ばれるものです。これは読んで字の如く、米を炊いて水分が無くなった頃(鍋の中が乾き始める、干されるころ)に丁度米が飯になっているというもので、現在の自動炊飯器は筆者が知る限り、すべてこの方法で飯を炊いています。

 しかしこの方法を山で実践すると、水加減、火加減に悩みます。平地で、風のない家の中で、性能のいいガスレンジなどで炊けば、水は米と同量ないしは二割増しくらいでおいしく炊けます。が、山で使われるストーブでは、火加減が難しく、また、風の影響もあって、弱火の維持が困難で、通常は米の1.5倍から二倍くらいの水がないと、炊きあがりません。さらに、炊いた後の鍋の始末も問題です。特に稜線の小屋や幕営地では水がないので、鍋を洗うなどという事はまずできません。仮にできたとしても、飯の残渣を水場に撒き散らす事になり、山登りをする者として恥ずかしい事態になってしまいます。
 また最近では、コッヘルを軽量化するために肉厚をできるだけ薄くしたり、軽くて丈夫なチタン製にしたりしています。これは最近の高級自動炊飯器が、鍋の厚さや材質を吟味していかに均一に加熱して美味しいご飯を得ようとする工夫とは全く逆の発想です。さらに最近のガスバーナーはおそらく風対策なのでしょうが、針のように力強く立ち上がる炎で燃えるようなものが増えています。これでは鍋の中心部のみに炎が当たってしまい、均一に熱するにはかなり不利であろうと想像されます。どうも山では分が悪い炊飯法です。

 そして二つ目が、「湯取法」です。これは、うどんやそば、マカロニや豆をゆでる方法と同じです。つまり、たっぷりの湯の中で、米をゆでるのです。これなら、水加減は関係ありません。20分程沸騰させたら、湯の中から米をすくいだし蒸らして飯とするものです。ただし、湯の中から米粒を拾い出すのは、それなりの道具がないとうまくいきません。山に「ざる」を持って行くのは、少々気がすすみません。そこで、生米を水を通す小さな袋に詰め、これを茹でるのです。時間がきたら湯の中から袋を取り出し蒸らして飯にします。

 この湯取法で「無洗米」を茹でると、鍋は汚れませんし、茹でたお湯も、多少米ぬかで濁りますが、特に匂いも味もありません。このお湯でレトルトも温められるし、スープも作れます。鍋の中に入っていた水はすべて胃の中に納める事ができます。山での炊飯法として、理想的ではないでしょうか。
 さらには災害現場などで、装備が整わなくても、空き缶等の何らかの容器と水を通す袋があれば、米が炊けます。この場合は研いでいない米でも米粒表面のヌカは米粒が水を吸って膨張する際に細かくひび割れて袋の外に出てしまうので、無洗米と同様に飯が炊けます。ただし、湯はヌカで脂ぎってしまい使いづらいです。

私の炊飯法

 ではまず筆者が日頃実践していた湯取法による炊飯の実際を紹介致します。

 米は無洗米を使い、スーパーマーケットや100円ショップなどで売られている、「だし袋」(写真右)に米を入れます。11センチ×11センチ位の大きさの袋なら、100グラム(2/3合)から120グラム(0.8合)の米を入れると丁度いい感じです。袋の大きさと入れる米の量は重要です。茹で上がると袋は飯でぱんぱんに膨らみます。米が水を含むからです。ですから、米の量に比べて袋が大きすぎると水を含みすぎて軟らかすぎる飯になり、逆の場合は、米粒の膨張圧力で袋が破けてしまいます。従って、山で実践する前に、自分が手に入れた袋の大きさに、丁度良い米の量を決めておく必要があります。

 この米を入れた袋を、鍋の水の中に入れ、完全に浸かるようにします。加熱して沸騰したら、その状態が維持される程度に火を弱め、20分間加熱します。湯が足りなくなって袋が浸からなくなっても、きちんと蓋をしておけば大丈夫です(ただし空炊きは絶対にダメですゾ)。時間が来たら、袋をすくい上げ、ポリ袋に入れて軽く口を閉じて、更に密閉できる容器の中に入れて、10分間ほど蒸らします。これで飯のできあがりです。

 さて、蒸らし終えたら袋を破いて飯を取り出しますが、この時袋が大変熱いのでやけどに注意して下さい。小さなカッターナイフでも持参して切ってしまうほうが簡単です。こうして取り出した飯を、よくほぐしてあとはお好きな食材とともに召し上がり下さい。「こんな簡単においしいご飯が」と感激することうけあいです。




炊飯の実際
だし袋に無洗米を入れます。
写真は約110ミリリットル位の米を入れたものです。
このだし袋は11x11センチのもので、120ミリリットルの米を入れると丁度いい感じの大きさの袋です。
大体、袋をパンパンにする量の2分の1くらいが、湯取法での適量です。

蒸し台を入れて鍋底にだし袋が直接接しないようにします。
アルミ製の鍋なら、あまり強力な炎で熱しない限り鍋底に直接載せても大丈夫ですが、チタン製の鍋の場合は蒸し台は必須です。

水をゆっくり注ぎます。あまり豪快に注ぐとコメの塊の内部に水が行き届かない可能性があります。

十分に水を注いだら、蓋をして加熱します。
蓋がしっかり閉まっていれば、もし湯が少なくなってコメが露出しても問題なく炊飯できます。

今回はモンベル扱いの「BIOLITEキャンプストーブ」を使用します。
このストーブは枯れ木などを拾って焚き火をするものです。湯取法なら火加減はあまり関係ないのでこのストーブでもOKです。
携帯電話などに充電もできる優れものですが、枯れ木や落ち葉などを拾えない国立公園内では使えないと思います。
平地から標高1500メートル位までなら20分沸騰させ、時間がきたらポリ袋に入れて食器などの蓋のできる容器で10分ほど蒸らします。

蒸らし終えたら、だし袋を破いて飯を取り出します。破きやすいだし袋ならいいのですが、そうでない場合はカッターなどで切ってしまうほうが簡単です。
この蒸らし方ならだし袋にはこの程度しか、米がくっつきません。
蒸らし終えたご飯を皿に盛り、ほぐしました。これからレトルトカレーを盛って・・・・・

「いただきます!」
普通にうまい!

 ご飯さえおいしく炊ければ、あとは何とかなります。というか、俄然やる気が湧いてきます。スーパーに行けば色々と使えそうな食材が売られています。山での食事を考える、作る、食べる楽しみが倍増します。

 しかしここで、賢明な読者は「そんなことを言ったって、所詮は平地の話だろう、高山で飯を普通に炊いたのでは美味い飯になるはずがない。」とお思いになるでしょう。
 まさにそのとおり。標高が上がると大気圧が下がるために、水の沸点温度が低下して、米が煮えづらくなります。特に美味しさに影響するデンプンのアルファ化が、温度の低下とともに、指数関数的に時間を要するようになるので、おいしいご飯を得るためには長時間の加熱が必要になります。筆者の今までの経験では、標高1500メートルくらいまでならおそらく20分でOKですが、1500〜2000メートルでは25分、2000メートルを超えたら30分位の煮沸時間が目安です。もっと標高が高くなったら、例えば富士山頂上では3時間加熱しないとアルファ化が完成しないと言われています。そんなに長い時間加熱したのでは、米粒が崩壊して糊になってしまいます。これは地球上で調理する限り、避けられないことです。ですから、多くの高山の山小屋では炊飯に圧力鍋を使っています。しかし、私達が手軽に持参して使用出来るようなサイズ、重さの登山用圧力鍋は市場に存在しません。

 諦めるしかないのでしょうか。

 いいえ、早まってはいけません。鍋がなくても、「新しいコメ」があります。筆者が把握している有用なコメは2種類あります。

 ひとつは、佐賀県産「ホシユタカ」というコメです。これは国産の長粒米です。長粒米と聞くと、かつて冷害で米が不作になり、海外から食べつけない長粒米を輸入し,国産米と抱合せ販売されて、イヤな思いをした記憶が蘇る人もいるでしょう。しかしこのホシユタカは変な匂いもなく、普通の国産米と同様に食べられます。ただし、長粒米の特徴として、米自体に味をつけて食べるような食べ方が向いています。カレーライスにしたり、雑炊やリゾットにすれば大変美味しく食べられます。しかも平地では10分の煮沸で、十分にアルファ化が完了しています。筆者の経験では標高2000メートルでは、10分では若干米粒が硬い感じがしたので、15分加熱しましたが完璧でした。なぜ長粒米はアルファ化が早いのかはわかりませんが、今後もう少し高いところでも炊いてみようと計画中です。

 もうひとつは、TML社と埼玉県、早稲田大学が共同で開発した「ソフトスチーム白米」という加工米です。これはコメを低温のスチームで長時間熱して、生米の状態のままアルファ化を完了させたものです。従ってこのコメを煮て米粒が柔らかくなって食べられる状態になりさえすれば、既にアルファ化が完成しているのですから美味しい飯になっているという優れものです。平地では10分煮れば柔らかくなりますが、筆者の経験ではホシユタカと同様、標高2000メートルでは15分ほど熱したほうがいいようでした。こうした、煮沸時間の不明な時は、100円ショップなどで売っている茶葉を入れて急須に沈めておく小さな球状のザル?のようなものに少しコメを入れておいて、おおよその時間がきたらそれを引き上げて味見するという作戦がいいと思います。

 以上2つのコメは、販売が限られていますが、いずれもネットで取り寄せができますので、もし高い山で自炊するときには試してみて下さい。

麻導士でした。

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